2020-03-25 民間参入で拡大する日本の宇宙産業、火星シェア100%のウインドリバーが熱視線
[朴尚洙,MONOist]

https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2003/25/news050.html

米国のスペースX(Space X)に代表されるように、民間からの宇宙産業への参入が活発になっている。国内でも、これまで宇宙開発をけん引してきたJAXA(宇宙航空研究開発機構)のプロジェクトにとどまらず、さまざまな企業が市場参入に向けてロケットや衛星、月探査機などの開発を進めている。

これらの宇宙産業で用いられるさまざまな機器の制御ソフトウェアを20年以上提供してきたのがウインドリバー(Wind River Systems)だ。同社のリアルタイムOS「VxWorks」は、NASA(米国国空宇宙局)の火星探査プロジェクトをはじめさまざまな宇宙機器に採用されており、近年では宇宙産業への参入を目指す民間企業からの引き合いも強いという。「火星でのリアルタイムOSのシェアは100%」と豪語するウインドリバー グローバル航空宇宙・防衛担当バイスプレジデントのレイ・ペティ(Raymond F. Petty)氏に、市場動向や同社の取り組みについて聞いた。

拡大する宇宙産業、米国は宇宙軍を再編成

 現在の宇宙産業は、大まかに2つに分けることができる。1つは、これまでも宇宙開発を支えてきた各国政府が主導するプロジェクトである。これらは、政府単独とは限らずさまざまな産業界と連携するようになっている。また、国際宇宙ステーション(ISS)などの国際共同ミッションも進められている。最近では、米国が宇宙軍の再編に乗り出しており、これと関連して防衛予算も増加している。ペティ氏は「政府系の宇宙開発プロジェクトという意味では、米国、中国、ロシア、フランスそして日本の上位5カ国に資金が集中している」と語る。

 もう1つは、成長が著しい民間企業による宇宙開発の市場だ。地球軌道などに打ち上げ済みの宇宙資産の管理やスペースデブリへの対応、小型衛星の活用といった形で多くの企業が参入しているのだ。「特に、衛星を小型化する先進技術が、新規に宇宙ビジネスを拡大する原動力になっている。スペースXに代表されるロケット打ち上げサービスが拡大しているのも、衛星の小型化によるところが大きい」(ペティ氏)という。

例えば、ある大型衛星の場合、サイズは26×12×11フィート(約7.9×3.6×3.3m)、重量は1万4000ポンド(約6300kg)に達する。重い、つまり打ち上げコストの高い大型衛星は長期間の利用が前提となっており、そのための信頼性の確保や耐放射線対策、ソフトウェア更新、復旧を可能とするシステム構成なども必要になるので、さまざまな意味で高コストにならざるを得ない。さらに、地球軌道ではなく、ディープスペースと呼ばれる深淵軌道や、地球以外の惑星軌道に投入する衛星は、より高度な要件を満たさなければならない。

 これに対して、マイクロ衛星と呼ばれるタイプの小型衛星は、サイズが3フィート(約0.9m)角、重量は650ポンド(約294kg)にすぎない。軽い、すなわち打ち上げコストが安価である上に、用途にもよるが大型衛星と比べて短い製品寿命を前提とした設計も可能なのでさらなるコスト削減の余地がある。

宇宙機器のプロセッサはPower ArchitectureとSPARC V8がベース
  これらの宇宙機器に用いられるプロセッサは、地球上で用いられる機器向けとは大きく異なり耐放射線性が必須となる。この耐放射線性という要件を満たすことが困難なこともあり、PCやスマートフォン向けプロセッサのように新規の製品が続々と投入されている状況にはなく、大手メーカーとしてはBAEシステムズ(BAE Systems)とコブハム・ガイスラー(Cobham Gaisler)の2社がある。BAEシステムズの「RAD750」や「RAD5500」はPower Architecture、コブハムの「LEON3FT」や「LEON4」はSPARC V8がベースになっているあたりからも、プロセッサアーキテクチャを大きく変更せずに製品開発が続けられてきたことが分かるだろう。

20年以上前から宇宙機器向けにVxWorksを提供してきたウインドリバーは、BAEシステムズとコブハムのプロセッサに対応するプロセッシングモデルやBSP(ボードサポートパッケージ)を用意している。ペティ氏は「これらのプロセッサとVxWorksを組み合わせることで、安価かつ高い信頼性の宇宙機器を開発することができる」と強調する。

仮想環境で宇宙機器のソフトウェアの開発期間を短縮

 宇宙機器の開発をさらに促進するツールとしてウインドリバーが提案を強化しているのが、仮想環境でのソフトウェア開発を可能にするツールキット「Wind River Simics(以下、Simics)」である。

 Simicsは、ハードウェアの開発を待つことなくモデルベースのシミュレーションによりソフトウェア開発を進めることのできるツールだ。他社製のCAEツールなどとも連携可能であり“フルシステムシミュレーション”をうたっている。宇宙機器は、一般的な民生用機器や産業用機器と比べると高コストである上に、宇宙という実環境でのテストが行えないこともあってシミュレーションの活用がより重要になってくる。「大型の宇宙機器の場合、ソフトウェアの規模が大きくなり複雑性も高まるが、Simicsを使えばハードウェアの開発を完了する前に、試験、再試験、検証(Validation)のサイクルを先に終えることができる。また、コスト削減を重視する民間企業の宇宙機器についても、開発期間の短縮で役立てられるはずだ」(ペティ氏)。

 NASAの火星探査機「マーズ・ローバー」をはじめ多数の採用事例があるVxWorksと同様に、Simicsにも既に採用事例もある。ジェネラル・ダイナミクス(General Dynamics)が開発した「フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡」は、ソフトウェアの開発に加えて、オペレーターの訓練にもSimicsを活用した。また、人工衛星スタートアップのAstranis Space Technologiesは、ブロードバンド環境の無い地域向けに快適なインターネットサービスの提供を実現する小型衛星「MicroGEO」の開発にVxWorksとSimicsを採用。開発期間の目標としていた12~18カ月の達成に貢献したという。

ウインドリバーは、宇宙産業の市場規模で第5位につける日本にも熱視線を送っている。ペティ氏は「これまでも日本市場では、宇宙機器における通信や衛星誘導など、止まってはいけない、特にクリティカルセーフティが求められる用途では長く使ってもらっている。従来はJAXA中心だったが、民間企業の宇宙開発が大きく伸びている。宇宙産業への参入障壁はかなり小さくなっているのではないか。VxWorksとSimicsを活用して、安価で安全な宇宙機器の開発に貢献したい」と述べている。