2016-06-29 「チャレンジ」は、人を動かす。宇宙には、経済が生まれる。─袴田武史

米国の投資家たちがこぞって資金を投じる領域のひとつが、「宇宙」だ。そのフロンティアに挑戦する袴田武史は、そこにロマンだけではなく「ビジネスを生む」という確固たる意思をもって挑んでいる。

未開の地に挑む人を指して「イノヴェイター」と呼ぶのであれば、袴田武史は間違いなくそのひとりだ。ただ、そのフロンティアを正確に言うなら、「月への挑戦」というよりはむしろ、「宇宙に新たな経済圏をつくる」という試みにあるのだろう。

「月に無人探査ロボットを着陸」させ、「月面での500mの移動」をし、「月面のHD映像などを地球に送る」という3つの課題をクリアしたチームに対し賞金を与えるという民間月面ロボット探査レース「Google Lunar XPRIZE」。

総額3,000万ドルという破格の賞金と宇宙という領域を戦場とするレースに、日本で唯一参加するチーム「HAKUTO」代表の袴田が、そのレースの先の宇宙に見出す可能性を、訊いた。

──いま、月を目指すことの意義はどこにあるのでしょうか? というのも、イーロン・マスクという希代のイノヴェイター含め、最近ではとくに火星への注目が集まっています。

確かに、50〜100年先の未来には、人類はきっと火星にたどり着いているのでしょう。「月」は、そこに至るまでのステップのひとつだと考えています。

というのも、地球から火星に行くまで、現在のテクノロジーでは約90日間の旅が必要です。長い時間をかけて宇宙空間を航行するのは、推進エネルギーの問題はもちろん、人間が生存するという観点からも厳しいはずです。そこで、月を火星に行くための中継基地として活用すればいいわけです。

ぼくらはロケットに供給するためのエネルギーを水から生成する技術に着目していますが、そうした資源開発を含めた経済活動が月において生まれることで、宇宙に人類の生活圏を築くための基礎が培われると思っています。

──来年に迫った「Google Lunar XPRIZE」の先のヴィジョン、ですね。

ぼくらの長期的なヴィジョンは、宇宙に「経済」をつくることにあります。そのために、まず取り組むべきは、宇宙での資源開発です。月面の水を採取できるようにして、さらにその水を水素と酸素に分けることによってロケットの燃料にするわけです。燃料を生み出せるようになれば、地球と宇宙との航行を非常に安価に実現できるようになります。そうやって燃料・資源の売買が行わるようになると、経済が生まれ、そこで人が働く価値も生まれてきます。

そもそも、地球から打ち上げる時、ロケットの積載量の約90%が燃料のために割かれるんです。でもそれって、非常に非効率じゃないですか。だったら、宇宙で資源を開発する方が、間違いなく経済的合理性があるわけです。2030年には、水から生成される燃料をロケットに供給できるようにしたいと思っています。

──地球から持って行かずに宇宙でつくればいいという発想がいままでなかったのが、改めて考えると不思議です。

サイエンスフィクションとしては、たくさん語られてはいたんです。ただ、ここ10年の間にテクノロジーが加速化し、民間での宇宙事業が実現可能なものとなったことが大きいのでしょう。イーロン・マスクのSpace Xがその代表かもしれませんが、かつて描かれていた構想が、予想を超えて早く訪れるだろうと考える人たちが多くなってきたのだと思います。

いま、宇宙へ行くためのコストも下がり、ヴェンチャー企業がチャレンジできるようになってきています。そのすべてが成功するわけではありませんが、チャレンジできる環境はイノヴェイションを生み出しえますよね。

──テクノロジーが進化して参入障壁が下がり、多様性が生まれてイノヴェイションが起きる、と。その点で言うと、HAKUTOというチームに参加しているメンバーに多様な人たちがいるのも意義深いですね。

HAKUTOのメンバーを大きく分けると、開発を担当する東北大学のメンバーとプロボノで参加してくれている人たち、そして運営を担うiSpaceで構成されています。このプロジェクトは2010年に立ち上がりましたが、その当時、ぼく自身も別の仕事をしながら、ボランティアとして参加していました。

こういった場があることで、さまざまな人たちが自分たちの能力を活用してチャレンジできるわけで、あたらしい働き方を提起する社会的な価値もあるかと思っています。

──プロジェクトベースで人が集まり、組織をつくる、という話になるのでしょうか。うまく機能していますか?

機能している部分もありますし、していない部分もあります。

──両方お伺いしていいですか?

前者に関していえば、やはり多様な能力をもっている人が集まるのは素晴らしいことです。デザイナーがいたりコードをかける人がいたり。ただ、全員が共通のバックグラウンドをもっているわけではありませんし、コミュニケーションの総量も少なくなってしまいます。雇用契約があるわけでもありませんから、マネジメントするという点では難しさがあります。

──それでは、マネジメントのためには、何が大事ですか?

幸運なことに、ぼくたちには「Google Lunar XPRIZE」という共通の大きな目標があります。それから、自分の口から言うのもなんですが、ぼく自身がプロジェクトの中心にいてしっかりコミットしていることの意味は大きいのかもしれません。ぼくは、何が何でもやっていくっていう姿勢を常に示し続けてこれたと思っていますが、だからこそ、チームメンバーは集まってきてくれていると思うんです。それこそ、お金も何もないころから…。意志があるところに、人は集まってくるのだろうと思うんです。

──袴田さんは、本当に諦めない人、ですか?

もちろん、やむを得ず諦めなければならないこともあります。ただ、スパッと止めて違う方向にシフトするという選択肢は考えません。いまやっている取り組みがそもそもチャレンジングなことだし、成功する確率だって、始めた当初はまったく低いものでした。でも、ぼくは、その数字を大きくしていくための努力が大事だと思っています。その確率が0%だと思うのなら時間をかける価値もないのでしょうけれど、1%でもあるのなら、それを90%にする努力をすればいい。

──どんな努力をしたか、何かあれば具体的に教えてもらえますか?

そうですね…、数年前にパートナーを集めなければならないときに、色々な努力をしました。そのひとつが、直筆の手紙を書くということで。

──手紙、ですか。

ええ。手紙を何百通も手書きで書いて、いろんな企業の社長に送ったんです。結果的に、それら送り先の企業がパートナーになっていただけたわけではないのですが(笑)、ただ、100通出すと10通くらいは何かしらの返事をいただけて、そのうち2、3社の方は実際に会っていただけたりしたのです。

──いまは6つの会社(KDDI、日本航空、Zoff、IHI、リクルートテクノロジーズ、セメダイン)が「サポーター」として月面におけるHAKUTOのチャレンジに参画されています。彼らは技術的なサポートを提供しつつ、資金を提供するスポンサーでもあるわけですね。例えばKDDIは、月に着陸したローバーから通信や、通信するデータの圧縮・復元技術の開発を担ってくれているのですよね。

サポーターは、ぼくたちに必要な技術を提供してくれることもありますし、技術をお互いに開発していく場合もあります。

彼らがHAKUTOのチャレンジそのものを応援してくれているのは、非常にありがたいことです。広告として価値が高いかに興味をもってくれたわけじゃなくて、応援したいというところから出発していただいていると思ってます。もちろん広告価値も判断されたとは思いますが、それだけではこのプロジェクトの意義というか、醍醐味は失われてしまいますから。

──いよいよ来年、HAKUTOのローヴァーは月へと向かうわけですが、地球を飛び立つときには、米国チームのロケットに「相乗り」するのですよね。

ぼくらが目指す先が宇宙だから、というわけでもないのですが、基本的に国境は関係ないと思っているんです。グローバル、いや、言うなれば「スペーシャル」(Spacial)のような言葉をつくらないとって思っているんです。

いま、日本だけで閉じこもっているのはおろか、アメリカだって一国だけでは事を成しえなくなっている時代です。皆、どうやって市場をグローバルに広げていくかを考えている。

宇宙というフロンティアにおいて、高品質かつ大量生産も可能な緻密なものづくりを得意にしてきた日本特有の能力はこれから貢献しうると思います。例えばいま、イーロン・マスクは何千機もの衛星を打ち上げて、インターネット衛星をつくろうとしていますが、同じ能力をもつものを大量につくるには、日本のエンジニアが強みを発揮できる機会だと思ういます。そういうところでこそ、日本が世界における役割を果たしていけると思うのですが、残念ながら、いまそうはなっていない。もったいない、と思っています。

こと宇宙開発というと、いままでは「技術」ばかりが語られていましたが、ぼくは「事業」として取り組むことに意義があると思っています。何事も、経済が発展するには技術だけでは成り立たず、お金があることが不可欠。そして、そのためのシステムをつくる「エンジニアリング」の発想が、ぼくは好きなんです。(wired)