2016-03-25 三菱重工がUAEドバイから火星探査機の打ち上げを受注! 苦闘を続けてきた日本のロケットビジネス

三菱重工は3月22日、アラブ首長国連邦(UAE)が開発している火星探査機の、打ち上げ輸送サービスを受注したと発表した。三菱重工が運用している国産ロケット「H-IIA」を使い、2020年7月ごろに打ち上げ、2021年の火星到着が予定されている。

 UAEは人工衛星や探査機を開発する力はあるものの、それを打ち上げるロケットをもっていないため、三菱重工にお金を払い、その対価として「宅配」してもらうことになる。三菱重工は以前にも、UAEから別の衛星打ち上げを受注しており、今回で2件目。また海外顧客からの打ち上げ受注は4件目となった。

 顧客からの注文を受け、ロケットで人工衛星を宇宙に打ち上げる事業――商業打ち上げビジネス――は、宇宙産業の中でも苛烈な競争が繰り広げられている分野のひとつである。日本は長年、その中で苦戦を続けてきた。最近になり、ようやく光明が見えつつはあるが、まだ厳しい道が待ち受けている。

◆商業打ち上げで苦戦し続けてきた日本 

 1957年に、ソヴィエトが初の人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功して以来、人工衛星の技術は飛躍的に進んだ。1960年代に入ると、静止軌道という特殊な軌道に衛星を配備することで、世界中に通信や放送を提供できるようになった。通信衛星の整備は世界各国で進み、やがて専門の機関や民間企業がその維持や運用を担うようになった。

 1970年代から通信衛星の需要は大きく増加し、それに合わせて衛星そのものの規模や打ち上げ数も増加した。米国や欧州では、こうした通信衛星をロケットで打ち上げるビジネスが始まり、静止衛星の商業打ち上げ市場が成立するに至った。

 日本がこの市場への参入を志したのは1980年代のことだった。しかし、当時の日本にとって、静止衛星を打ち上げられるほどの大型ロケットは、米国の手を借りなければ開発できず、またロケットの性能も低かった。

 1994年になり、日本は初めて、国産技術だけで大型ロケットを造ることに成功した。「H-II」と名付けられたこのロケットは、当時の他のロケットと比べてもそん色のない、高い性能をもっていた。

 しかし、H-IIには非常に高価という欠点があった。また日本は欧米に比べて新参者だったため信用されず、商業打ち上げの受注は取れなかったのだ。

◆H-IIAでコストダウンに成功するも、まだ市場に入り込めず

 2001年になり、H-IIから性能はそのままに、コストを約半分に抑えた改良型の「H-IIA」が誕生した。三菱重工らは巻き返しを図るものの、そのころには他のロケットはさらに安くなっており、H-IIAが入れる余地は少なかった。

 こうした事情から、H-IIやH-IIAは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の衛星や、日本政府が運用する情報収集衛星など、もっぱら国内の官需の衛星ばかり打ち上げていた。しかし、その需要は少なく、打ち上げ回数は毎年2機前後しかなかった。

 打ち上げ回数の少なさは、信頼性の評価も難しくした。たとえば100回中100回成功するロケットと、1回中1回成功するロケットとでは、確率はともに100%にはなるものの、その数字の意味には大きな違いがある。他のロケットは毎年10機前後は打ち上げられているにもかかわらず、H-IIAは毎年2機前後だと、「どちらが優れているか」を対等に比べることは難しい。

 さらに、打ち上げ回数が少ないため、ロケットの大量生産によるコストダウンができず、信頼性も確立できず、さらにロケットの製造や運用を担う工学者や技術者の育成も難しいという、厳しい状況が続いた。

 こうした状況は、官需衛星の打ち上げを続ける際にも悪影響となるものであり、日本のロケット産業にとっては、たとえ欧米のロケットに勝てずとも、1機でも2機でも海外からの打ち上げ受注が欲しいところだった。

◆初の海外顧客である韓国からの受注

 こうした状況を改善すべく、2007年9月にはH-IIAの運用主体が、JAXAから三菱重工へと移された。また、商業打ち上げの営業活動も三菱重工が責任をもって行うこととなった。

 そして2009年、三菱重工は韓国航空宇宙研究院(KARI)から、地球観測衛星「アリラン3号」の打ち上げを受注する。アリラン3号は2012年5月、H-IIAロケット21号機に搭載され、打ち上げに成功。初の海外顧客からの受注と打ち上げを達成した。

 ただ、この受注はやや変則的なものだった。実は、H-IIAロケット21号機の主となる衛星は、JAXAの地球観測衛星「しずく」だった。しかしH-IIAの性能に対して「しずく」は軽く、打ち上げ能力に余裕が生じた。アリアン3号はその余力を使って打ち上げられたのである。

 受注額などについて、三菱重工やJAXAなどは一切公表していないが、韓国側の報道によると、約13億円ほどだったという。H-IIAの本来の価格は100億円前後といわれており、約10分の1である。これは他のロケットに比べても相当に格安な金額で、「しずく」と相乗りという条件だったからこそ、受注することができたと言える。

◆静止衛星の打ち上げ初受注はカナダから

 2013年9月には、カナダの衛星通信大手のテレサットから、大型の通信衛星「テルスター12ヴァンテージ」の打ち上げを受注、2015年11月に打ち上げに成功した。日本にとって80年代以来からの悲願である、静止衛星の打ち上げ初受注となったが、これもまたやや変則的なものだった。

 テルスター12ヴァンテージを打ち上げるH-IIAロケットは、JAXAが改良を加えた機体の1号機であり、その試験も兼ねて、JAXAが打ち上げ費用の一部を負担したと言われている。そのため、この打ち上げだけに限っては、他のロケットよりも若干安い価格を提示でき、それが受注の要因となった可能性がある。三菱重工やJAXAは詳細は明らかにしていないため、その真偽は不明だが、事実としてこれ以降、海外顧客からの静止衛星打ち上げ受注は取れていない。

 2015年3月には、ドバイの地球観測衛星「ハリーファサット」の打ち上げも受注しており、2017年度の打ち上げが予定されているが、これも韓国のときと同様、JAXAの地球観測衛星に相乗りし、その余力を使って打ち上げられることになっている。

 今回のUAEドバイからの火星探査機の打ち上げ受注は、海外顧客からの受注としては4件目となった。三菱重工は今回も受注額や条件などを公表していないが、この受注でもやはり、やや変則的なところがある。

 たとえば、今回受注した火星探査機は比較的軽く、H-IIAの性能にとっては役不足である。ロシアやインドには、H-IIAよりも打ち上げに適した、そして安価なロケットが存在する。UAEとロシア、インドの関係も悪くなく、実際にこれまで何度も、UAEの衛星がロシアのロケットで打ち上げられている。

 また、この受注の発表が行われた同日には、JAXAとアラブ首長国連邦宇宙機関との間で、宇宙活動に関する研究開発・利用、人材育成などの分野で相互協力を深めるための機関間協定が結ばれている。

 したがって、他よりも価格が高いことを埋め合わせできる、別の取り引きが同時に行われたか、もしくは、あるいは同時に、国レベルでのトップセールスが行われた結果、受注を果たせた可能性が考えられる。

◆ゲリラ戦から脱却できるか

 このように、これまでH-IIAロケットが獲得してきた受注は、他のロケットが行っているような純粋な商業契約ではなく、ゲリラ戦とも言うべき立ち回りの結果、ようやく果たせたものばかりである。

しかし、静止衛星を中心とした商業打ち上げ市場は、主に欧州の「アリアンスペース」、米国の「スペースX」、ロシアのロケット企業だけで9割を占めているような状況であり、高価な上に信用が浅いH-IIAにとっては、こうした戦法を取らなければ、受注のひとつすら取れなかったというのが実情である。

 ただ、こうした戦い方はいつまでも通用するものではない。今回のような火星探査機の打ち上げ機会は毎年あるわけではない。また、アリラン3号やハリーファサットのような、主となる衛星の打ち上げ時期と運よく被り、加えてロケットの余力の範疇に収まる大きさの衛星というものは、そう何機もあるわけではない。

 今後、アリアンスペースやスペースXなど、強豪勢から直接契約を奪い取れるくらいにならなければ、日本のロケットの未来は、これまでのように、閉じたものになってしまうだろう。

 H-IIAは苦戦しながらも、じりじりと粘り強く運用が続けられ、現在までに30機が打ち上げられ、そのうち29機が成功。また7号機以降はすべて連続で成功している。他のロケットと比べるとまだ少ないが、30機の打ち上げ実績は、ひとつの大きな一里塚を越えたと言える。

◆開発中の「H3」に掛かる期待と今後の課題

 そして現在、三菱重工とJAXAは、H-IIAよりも高性能で、コストは約半分という新型ロケット「H3」の開発を進めている。H3が完成すれば、ロケットの性能と価格の両方で、ついに世界のトップに並ぶことになる(H3ロケットの詳細については稿を改めたい)。

 もちろんそれだけでは不十分である。ロケットを打ち上げる発射場などのインフラの老朽化も進んでおり、世界ではさらに安価なロケットの開発も進んでいる。

 今後、日本のロケットが商業打ち上げ市場に食い込み、官需衛星も含むあらゆる衛星を、安定して宇宙に打ち上げ続けるためには、これまで以上に国からの金銭面、インフラ整備などの面での支援が必要であろう。<文/鳥嶋真也>

(編集者コメント:以前、スペースシャトル打ち上げでもバーター取引が実際に行われていた。民航空機を米国から購入する代わりにシャトルに搭乗するというものである。そもそもロケット打ち上げと通信衛星の受注競争のための国際入札には日本はほとんど参加していない。理由は、国際競争では勝てない、ということである。そのため、政治的な裏取引による護送船団方式の外交受注でしか受注できない状態である。「それでも受注できるのあれば、それでいいではないか」という意見もある。)