2009-11-05 新政権に「成層圏プラットフォーム」の再検討を望む

 民主党政権になり,通信行政にも変化が起こりつつあるようだ。原口一博総務大臣の肝いりで開かれた「グローバル時代の情報通信政策に関する作業部会」が一つの表れといえる。

 この中では,これまでの四半世紀にわたる競争政策が,電気通信市場の公正競争促進や消費者の利便向上などにもたらした効果を検証/総括したり,新たな雇用と需要創出のためにICT産業全般の国際競争力強化に向けた検討を行ったりするという。

 そこで筆者として一つ提案がある。新政権で「成層圏プラットフォーム」を再検討してもらえないだろうか。
ミレニアム・プロジェクトのテーマの一つだったが…

 筆者は通信関連の雑誌に長く在籍していたこともあり,総務省(前郵政省)の取り組みを記事にする機会が多くあった。中でも思い入れがあったのが,「成層圏プラットフォーム」である。過去に「記者の眼」でも取り上げている。

 成層圏プラットフォームは,気象条件が比較的安定している高度約20kmの空中に無人の飛行船を滞空させ,通信や放送,地球観測などに利用しようというもの。1999年に当時の政府が打ち出した「ミレニアム・プロジェクト」で,「地球温暖化防止のための次世代技術開発」の一テーマとして取り上げている。

 ミレニアム・プロジェクトで成層圏プラットフォームを地球温暖化防止策と位置づけたのは,温室効果ガスの直接観測を目的としていたからだ。筆者はその目的よりもむしろ,ブロードバンドや携帯電話および地上デジタル放送のためのインフラとしての効果に注目していた。おおよそ50機の飛行船があれば日本全国をカバーできる成層圏プラットフォームは,衛星通信よりリスクもコストも少なく,同等以上の効果が期待できたのである。

 ところが2006年2月に,「平成16年度の定点滞空飛行試験をもって,予定していた所期の研究開発が終了した」として,このプロジェクトは終了してしまった。中核的な役割を担っていた独立行政法人情報通信研究機構の「三鷹成層圏プラットフォーム・リサーチセンター」「横須賀成層圏プラットフォーム・リサーチセンター」も閉所された。

 「ミレニアム・プロジェクト(新しい千年紀プロジェクト)について」という文書には,成層圏プラットフォームの目標として「2003年度までに,二酸化炭素等の温室効果気体の直接観測を可能とする成層圏滞空飛行船(成層圏プラットフォーム)による観測を実施する」と記載されていた。この目標は実現できずじまいだった。この間,成層圏プラットフォームに費やされた予算は173億円になる(「成層圏プラットフォーム研究開発の企画・運営等分野における取組み」より)。
魅力あるプロジェクトを再発掘すべき

 成層圏プラットフォームに対して,単純に「投資額が大きいからけしからん」というつもりはない。ただ,実用化を視野に入れないままプロジェクトをスタートさせ,「やっぱりできないから途中で止めよう」と投げ出されてしまった印象を受けてしまうのも確かだ。

 プロジェクトが途中で頓挫してしまった理由はいくつかあるだろう。例えば,総務省と文部科学省という2省庁が関与することによって,責任体制が不十分だった。目的に「温室効果ガスの直接観測」だけでなく「通信・放送プラットフォームへの利用」を加えるかどうかという点について,共通の認識がなかった点などもあったようだ。技術面でも,電源関連の軽量化や低圧環境下での対応など,まだまだ解決されなければならない課題が多いと思われる。

 それでも,将来的に大きな効果が期待できるプロジェクトであれば,途中で投げ出さずに継続して推進するという道もあるはずだ。基礎技術が確立していないからと頓挫したプロジェクトでも,現在の技術であれば実現できる可能性もある。特に,環境対策を強く打ち出す民主党政権と,成層圏プラットフォームのコンセプトは近いものがあるように見える。

 新政権が進める「グローバル時代の情報通信政策に関する作業部会」で議論される内容からは少し外れるかもしれないが,人材を育成し,ICT産業全般の国際競争力を高めていくには,こうした夢のあるプロジェクトの存在は大きく影響するはずだ。成層圏プラットフォームのほかにも,計画半ばにして埋もれてしまった魅力あるプロジェクトはあるだろう。そうしたプロジェクトを推進することが,日本の将来にプラスになると筆者は考えている。(藤川 雅朗=ITpro)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20091104/340003/

(編集者コメント:そもそも未踏の技術開発、海外でも未開発の分野の技術開発を公的資金で行おうとするときには、委員会や懇談会形式で評価することは適していない。なぜなら、「海外の事例」という「キャッチアップする対象」が無い(或は極秘のために公開されていない)と合議制では「開発が困難」ということで否定されるのが普通だからである。これが頓挫した原因の一つだろう。さらに、開発を促進した主体がいったい誰だったのかも原因の一つだろう。開発戦略は人間が考えるものであり、人間は動機づけに依存する。開発促進主体の動機づけが間違ったのだろう。
  開発要求条件が曖昧だったため開発目標が総花的でぼやけてしまった。通信放送と地球観測が利用分野となっているが、この分野はすでに衛星利用もあるし地上インフラもあるし、また国家安全保障の面からは高度20km当りの成層圏では低すぎる。もっとも北朝鮮上空に飛行出来れば別だが。高分解能地球観測では飛行船の高い姿勢制御が要求されるが衛星のそれを越えられない。逆に飛行船を定位置に固定するもの、との考えから脱却できなかった点も利用範囲を狭めた。飛行船は自由に飛行できる点を有利な点として考えれば別の利用分野が検討できたかも知れない。むしろ、上空数km上空まで数時間以内に小型飛行船を上げ、緊急災害時の非常用通信インフラ構築や災害監視に利用されるほうが利用価値は大きい。

ロッキードは独創的な飛行船を発表している。おそらく世界のどこかでは奇抜で独創的な飛行船が極秘に開発されているに違いない。実物の飛行船を造らなくとも空力はコンピュータでシミュレーションできるし、高層風観測は小型気球でも出来るし、発電方法はさまざまな選択肢が有るだろうし、姿勢制御もいろいろ選択肢があるだろうし。ということで優秀な個人の発想を重視した要素技術の開発実証を研究レベルで長期間行うべきだろう。NASAでさえももそうしているのに、突然実物を作ってしまおうとした戦略の失敗は尾を引く。

いずれにしても記事にあるように、実用化の手前で中止はもったいないし、実用化への戦略が発想できなかった点でも残念である。こういった情況でつぶされるアイディアが多々あるのだろう。海外のマネではなく、自由な発想、奇抜な発想、未踏の概念を実現できる体制が生まれることを望みたい。)(AI)