2016-02-16 NASA専門家も驚愕の壮絶サバイバル映画「オデッセイ」

火星に取り残された宇宙飛行士を救い出せ-酸素も水もない、

火星に一人残された宇宙飛行士の壮絶なサバイバルを描くSF大作「オデッセイ」が公開中だ。マット・デイモン演じる宇宙飛行士、ワトニーを救おうと、世界の科学者らが英知を結集。その核となって活躍するのがNASA(米航空宇宙局)の無人探査機などを研究・開発するJPL(ジェット推進研究所)の研究者たちだ。「僕の職場であるJPLが物語の鍵を握る。登場場面も多い。だから面白かったです。公開直後に映画館に行ったら同僚に会いました」。こう話すのはJPLで働く日本人エンジニア、小野雅裕さんだ。現在、新たな無人火星探査車を研究中の小野さんは「具体的な有人火星探査の計画はないが、準備は少しずつ進んでいます」と語り、映画でワトニーが操縦するような有人火星探査車が活躍する未来に夢が膨らむ。

火星でのサバイバル

 《ワトニーら6人の宇宙飛行士は有人火星探査のミッションを遂行中、突然、嵐に遭う。船長は撤収を命じるが、ワトニーは嵐の中に吹き飛ばされてしまう。船長はワトニーが死亡したと判断、地球への帰還を決める。ところがワトニーは生きていた。火星に一人残された彼は愕(がく)然(ぜん)とする。次に宇宙船が火星へ来るのは4年後なのだ。しかし、彼は生き抜こうと決意する。壮絶なサバイバルが始まる…》

 原作は元プログラマーの米国人作家、アンディ・ウィアーが執筆した小説「火星の人」。2009年、ウエブサイトで連載小説として発表していたところ、たちまち評判となり、出版化され、さらにSF映画の傑作「ブレード・ランナー」などで知られるハリウッドの重鎮、リドリー・スコット監督が映画化に名乗りを上げたのだ。

宇宙のスペシャリストたちも驚愕

 「JPLの同僚の間で小説が話題になっていたので、昨夏にペーパーバックを買って読みました。面白くて読み出したら止まらず、寝不足になりながら1週間で読みました」

 ベストセラーとなった原作小説は、小野さんやJPLの同僚らNASAのスペシャリストをも驚かせ魅了した。

 酸素も水もない火星で、人が4年間生き延びることは果たして可能なのか-。この壮大で知的なシミュレーションに挑んだ原作が、ダイナミックで臨場感豊かな映像としてスクリーンに展開していく。

 ワトニーは火星探査基地に残された機材、そして己の知識を総動員し、綿密なサバイバルの計画を立てていく。

 まず、4年間生き抜くためには、基地内の食料の備蓄は絶望的な量だった。しかし、パックされたジャガイモを見つけた瞬間、彼はこう叫ぶ。「俺は植物学者だぞ!!」。自分を鼓舞しながら、常識を覆す“火星初”のジャガイモ栽培に挑むシーンは感動的だ。

 「エンターテインメント性もさることながら、これほど技術的に詳細かつ正確なSFは読んだことがありません」。小野さんはこう感嘆し、火星でワトニーが試みる数々のサバイバルの方法について解説してくれた。

 「ポテト栽培に必要な水の量や、ローバー(探査車)を走らせるのに必要な電力量の計算。ロケット燃料から化学反応で水素を取り出し、それを燃やして水を得る方法。ローバーのコンピューターのハック(侵入)の方法。古い探査機を使って地球と交信する方法。砂嵐の方向の予知方法。すべてが驚くほど詳細かつ正確に記され、しかもその方法が痛快なほどに独創的でイノベーティブ(革新的)です」

 JPLでローバーの研究・開発を担うエンジニアとして小野さんはさらにこう付け加える。

「宇宙開発の現場で働く技術者である僕でも『そんなこと思いつかなかった!』と唸(うな)るほど独創的なひらめきに溢(あふ)れ、しかもどれもが技術的に理にかなっています」

 ワトニーが火星を移動するために乗り込む有人のローバーはJPLが開発したという設定だ。小野さんは「現実のJPLも、現在までに4機の無人火星ローバーを開発し、すべて成功させています。僕も次のローバーミッションである『Mars 2020 Rover』に携わっています」と語る。

 火星で一人、ワトニーは決死のサバイバルに挑むが、地球上でも彼を救うための国境を越えた一大プロジェクトが始まる。その中心となってミッションを遂行するのが、小野さんが所属するJPLなのだ。

人類が火星に降り立つ日は近い!?

 宇宙研究・開発において最先端を走るJPLだが、小野さんがこんな“秘話”を明かす。

 「JPLの人たちと映画の感想を話すと、真っ先に話題になるのがJPLの内部の描写です。映画中に登場するのはピカピカのガラス張りの建物。でも、実際のJPLは古い建物ばかり。同僚は『人類が火星に行く頃には、NASAはJPLにあんなピカピカの建物を建ててくれるのかねえ』などと冗談を飛ばしていました」

 映画でも描かれているように、現実の世界でもJPLが人類の火星探査成功のカギを握っていることは間違いない。

 「まだ具体的な有人火星探査の計画はないが、準備は少しずつ進んでいます…」。こう前置きし、小野さんが壮大な宇宙計画を教えてくれた。

 「小説では二酸化炭素から酸素を取り出すオキシジェネレーター(oxygenerator)という機械が用いられていましたが、『Mars 2020 Rover』で実際にこの技術が火星で実験される予定なんです。ローバーに積まれた小型の機器を用いて、火星大気中の二酸化炭素から酸素を生成する技術を試験する予定です」

 もはや、映画「オデッセイ」の世界は絵空事ではない。人類の夢が、確実に実現に向けて近づいていることを小野さんの言葉が裏付けてくれる。(産経WEST)