2017-03-13 2018年に有人月飛行が実現? - 突如浮上した「トランプ大統領のアポロ計画」

有人宇宙探査に対する意欲をみせるトランプ大統領 (鳥嶋真也)
http://news.mynavi.jp/articles/2017/03/13/trump_apollo/002.html

「遠い世界に米国人が足跡を刻むことは、たいそうな夢ではない (American footprints on distant worlds are not too big a dream)」――。

米国のドナルド・トランプ大統領は2月28日(米国時間)、この日行われた議会演説の中でこのように述べ、直接的な言葉は使わないまでも、有人宇宙探査に対する意欲をみせた。

さらにその約2週間前、トランプ大統領は米国航空宇宙局(NASA)に対し、2021年以降に予定されている有人月探査計画を前倒しして、現在の任期中に間に合わせることができないか、と検討を要請した。

トランプ政権が発足して2カ月弱、宇宙政策に関する具体的な話はなかなか出てこなかったが、ようやく動きが見えつつある。

月を経て、火星を目指す長い旅

NASAは現在、2030年代に有人火星探査を実施することを目指し、新型の有人宇宙船「オライオン」と新型ロケット「スペース・ローンチ・システム」(SLS)の開発を進めている。

現在の計画は、2010年にバラク・オバマ大統領が発表した宇宙政策に基づいて進められている。この政策では、NASAの有人宇宙開発は、まず国際宇宙ステーションへの物資や宇宙飛行士の輸送などは民間企業に任せ、その代わりにNASAは、月や火星といった深宇宙への探査や有人飛行に焦点を絞る、という方針が定められた。

実は、オバマ大統領の前、ジョージ・W・ブッシュ政権のころにも、「コンステレーション計画」という別の有人月・火星探査計画があった。実際に新しいロケットや宇宙船の開発が進められていたものの、開発は難航。実現の可能性や、将来の発展の余地といった点からNASA内外から批判の声が上がった。

それを受け、政権を継いだオバマ大統領は、コンステレーション計画を中止し、実施時期は遅れるものの、より着実に月や火星を狙えるような計画に変更。その計画の中心的存在であるオライオンとSLSの開発は、これまでのところ多少の遅れは出つつも、前進を続けている。

オライオンはアポロ宇宙船を一回りほど大きくしたような形の宇宙船で、最大6人を乗せ、月や火星まで飛んで帰ってくることができる能力をもっている。

SLSはスペース・シャトルのロケット・エンジンやタンクなどを流用して開発されている超大型ロケットで、オライオンを打ち上げる有人ロケットと、月や火星への有人飛行に必要になる貨物や着陸船などを打ち上げる貨物ロケットの、2つの顔をもつ。

2014年12月5日には、オライオンの無人での初飛行が実施。機体の一部は実機ではなくダミーだったが、電子機器やパラシュートなどが設計どおり動くかが確かめられた。また月からの帰還に近い、秒速約9kmという猛スピードでの大気圏再突入に耐えられることも実証された。ただ、SLSはまだ完成していないため、別の既存のロケットで打ち上げられた。

アポロ以来の有人月飛行を目指す「EM-1」と「EM-2」

SLSの初飛行、そして実機のサービス・モジュールを含めたオライオンの初打ち上げは、今のところ2018年10月以降に予定されている。

この飛行はExploration Mission-1、略して「EM-1」と呼ばれており、SLSで無人のオライオンを月に向けて打ち上げ、月面から高度約7万5000kmの、月の自転と反対向きに回る軌道に入り、数日過ごした後、月を離れて地球に帰還する。これにより、オライオンが実際に月への往復飛行や、長期の宇宙航行に耐えられるかどうかが試験される。

EM-1が成功すれば、続いて有人飛行が行われる。このミッションはExploration Mission-2、略して「EM-2」と呼ばれており、現時点で2021年8月以降の実施が計画されている。搭乗する宇宙飛行士の数は最大4人で、今後の検討によって正確な人数が決定される。

EM-2でも打ち上げにはSLSを使うが、EM-1で使われる機体とは異なり、EM-2では「SLSブロック1B」と呼ばれる機体が使用される。主な違いはロケットの第2段で、EM-1では「デルタIV」ロケットの第2段機体を改修した「Interim Cryogenic Propulsion Stage」(ICPS)を搭載するが、EM-2ではより強力な「Exploration Upper Stage」(EUS)という新開発の機体を搭載する。

SLSブロック1Bによって打ち上げられたオライオンは、まず地球のまわる軌道に乗って確認や試験をした後、月へ向かう軌道に乗る。このときオライオンは、「自由帰還軌道」(Free return trajectory)と呼ばれる軌道に投入される。自由帰還軌道は、大掛かりなエンジン噴射などをせずとも、少ないエネルギーで自然に月でUターンして地球に帰ることができる軌道のことで、その言葉どおり、オライオンは月に接近後、月の裏側を通ってUターンし、そのまま地球へ向かって戻る軌道に入り、地球に帰還する。

打ち上げから帰還までは最短でも8日、また今後の検討などによっては最長21日間にまで延長される可能性もある。このEM-2によって、オライオンの生命・環境維持システムや、耐熱シールド、パラシュートといった各システムが、本当に有人飛行、それも長期間の飛行に耐えられるのかどうかが試験される。

トランプ大統領が命じた有人飛行の前倒し

2018年のEM-1、そして2021年のEM-2を経て、NASAの有人宇宙開発は新たなスタートを切る。その後の予定はまだ具体的にはなっていないが、月周辺に運んできた小惑星を有人探査したり、月周辺に国際共同で宇宙ステーションを建造したり、2030年代には有人火星探査を行ったりといった構想が立てられている。

しかし2017年に入り、この計画に注文をつける者が現れた。この年の1月20日に就任した、ドナルド・トランプ大統領である。

トランプ大統領は、EM-1を無人ではなく、2人の宇宙飛行士を乗せて実施できないか、言い換えればEM-2を前倒しできないか、とNASAに検討を依頼したのである。

その理由は、おそらく自身の大統領としての任期中に間に合わせるためだろう。すでにアポロ計画で行ったとはいえ、人が月に降り立つということは現代でも十分大きな出来事で、支持率の向上が期待できる上に、「有人月飛行を成し遂げた大統領」として、アポロ計画を動かしたケネディ大統領らとともに、歴史に名を残すことができる。

しかし、現在のトランプ大統領の任期は2021年1月までで、さらに選挙が前年にあることを考えると、EM-2の実施には間に合わない。そこで計画を前倒しして、任期中に実施することで自身の成果にするとともに、さらにその人気をもって、再選をも狙っていると考えられる。

この"トランプ大統領のアポロ計画"は、その情報が出るや否や、すぐさま大きな批判にさらされた。オライオンは一度試験飛行しているとはいえ、まだ完成しておらず、人を乗せて飛んだこともない。SLSに至っては一度も飛んでいない。そんなロケットと宇宙船に、いきなり人を乗せ、月まで行って帰ってこい、というのは無謀なように感じられる。

もっとも、トランプ大統領を擁護する要素がないわけでもない。たとえばNASAは、1981年にスペース・シャトルの初飛行で、いきなり宇宙飛行士を乗せて飛ばしている。また1968年には「アポロ8」ミッションで、アポロ宇宙船の初の月への飛行を無人ではなく有人で行い、さらにそれを打ち上げたサターンVロケットも初の有人飛行だった、という歴史もある。

さらにオライオンはすでに無人で一度飛び、月への往復飛行を模した試験にほぼ成功していること、そしてSLSは基本的にスペース・シャトルの技術を使っていることから、まったくのぶっつけ本番ではない、と言い張ることもできなくはない。

事前にしっかりと準備し、リスクをできる限り小さくすれば、不可能なことではない。

迫る期限、機を見るに敏なスペースX

しかし、EM-2の前倒しには、安全性の問題と同時に、EM-1で使うオライオンやSLSにそのまま人を乗せることはできず、どこまで前倒しできるかわからないという問題もある。

たとえばオライオンには、宇宙飛行士の生命維持システムやコクピット、ロケットからの脱出システムを積む必要がある。一方SLSは、新開発のEUSを使う必要こそないものの、ICPSは有人飛行ができるように造られていないため、新たに改修が必要になる。

もちろん、本来のEM-1に使うはずだった予算や人員を当てれば、2021年よりは前倒しできる可能性はあるが、確実ではない。

今のところNASAは、ホワイトハウスからそのような指示を受けたことは明かしているが、当面は引き続き、従来の予定どおりEM-1とEM-2の開発を進めるという。EM-2の前倒しが可能か不可能かについては調査中であり、1~2カ月で結論を出したいとしている。

またNASAはすでに、EM-1を通常どおり実施し、一方でEM-2を前倒しするという選択肢も検討したものの、EM-1とEM-2とで必要な地上設備が異なり、その変更には最短で33カ月かかるため、2021年には間に合わないという結論が出たという。つまりEM-1を中止しない限り、EM-2の前倒しはできない。

EM-1で有人飛行を行うために必要な準備作業を考えると、決断までに残された時間は多くない。

そして、このトランプ大統領の注文が波紋を広げていた2月27日には、イーロン・マスク氏率いるスペースXが突如、「2018年末に2人の民間人を月へ打ち上げる」という計画を発表した。2人を自由帰還軌道で月と往復させるというのは、まさにNASAが検討しているEM-2の前倒し案と同じである。

実現するかはともかく、スペースXはトランプ大統領に対して「私たちならNASAより先に月に人を飛ばせる」とアピールしたに等しい。またスペースXは米国の企業であり、ロケットや宇宙船の製造も米国内で行われているため、スペースXがNASAより先に月へ人を送ったとしても、それはトランプ大統領が言うところの「偉大なアメリカ」が成し遂げたことになる。トランプ大統領はこの発表に対して反応はしていないが、今後、民間に優先的に振り分けるような宇宙予算を組むようなことはありうるだろう。

一方NASAにとっては、無人飛行であるEM-1と同時期にスペースXが有人飛行を成し遂げてしまうと、面目は丸つぶれとなる。たとえEM-2を前倒ししても、同時期か、あるいは遅れての実施になることになる(もちろんスペースXの計画も遅れる可能性はある)。今のところNASAは、このスペースXの発表に対して、ひとまず歓迎する声明を発表しているが、内心苦々しく思っているのではないだろうか。

はたしてNASAは、トランプ大統領の要請にどう答えるのか。そしてそれを受けて、どのような宇宙政策を立てるのか。そこにスペースXの発表は何らかの影響を与えるのか――。NASAの有人宇宙計画は、日本や欧州の有人宇宙計画にも影響を与えることから、その動向に注意したい。