2017-05-30 ニュージーランド発!超小型のロケットが拓く、新たな宇宙利用の可能性

(ハーバードビジネスオンライン)<文/鳥嶋真也>

5月25日の13時20分(日本時間)、ニュージーランドから、1機の黒く小さなロケットが打ち上げられた。

「エレクトロン」と名づけられたそのロケットは、小型ながらもさまざまな新技術を取り入れた先進的な機体で、これが初めての打ち上げだった。

 エレクトロンは大空を轟音とともに駆け上がり、約3分後に宇宙空間に到達。その後、なんらかの問題が発生し、地球を回る軌道に乗ることはできなかったものの、新型ロケットの初の試験打ち上げとしては、十分及第点といえる大きな成果をあげた。同社は今年、さらに2回の打ち上げに挑み、完全な成功を目指す。

 このエレクトロンというロケットは、その小ささこそが最大の特徴であり、今後開発が順調に進み、予定どおりの性能や価格で市場に投入されれば、宇宙産業を大きく変革させるほどの可能性をもっている。

ニュージーランド発のロケット開発会社「ロケット・ラボ」

  エレクトロンを開発したのは、米国に本社を置く「ロケット・ラボ」(Rocket Lab)という会社である。従業員数は100人ほどながら、ロケットの開発、製造、そして打ち上げまで、すべて一貫して自社内でおこなっている。

同社は2006年に、ニュージーランド出身のロケット科学者であるピーター・ベック氏や、IT事業家で投資家のマーク・ロケット氏らによって設立された。ロケット氏、という名前はもちろん偶然ではなく、熱狂的なロケット好きであったために自分の名前を改名したという逸話をもつ(ただしロケット氏は現在、同社を離れている)。

 発祥も、ロケットの製造や打ち上げといった活動の拠点もニュージーランドに置いているにもかかわらず、本社を米国に置いている理由については、詳しく語られたことはない。ただ、米国には(宇宙分野に限らず)ベンチャーを育てる制度や風土があり、実際に同社も、米国防総省や米国航空宇宙局(NASA)などと開発契約を結んだり、資金提供を受けたりしている。

 また、ロケットの打ち上げにおいて必要になる認可や手続きも、経験豊かな米連邦航空局(FAA)のサポートがあることもあって、ニュージーランドの中に固執するよりは、米国企業として活動するほうが宇宙を目指しやすい、という利点があったためだろう。

 2009年には小型の観測ロケットを開発し、宇宙まで打ち上げている。その後、前述のように米国防総省からの資金を得て、ロケット・エンジンの開発や試験を実施。やがて人工衛星を打ち上げられる能力をもったエレクトロンの開発に着手し、米国航空宇宙局(NASA)からの資金提供や、いくつもの投資家からの投資を受けるなどして、約4年をかけて開発を続けてきた。

先進技術満載の超小型ロケット「エレクトロン」

  エレクトロンは製造に3Dプリンターを使ったり、機体にカーボン素材を多用するなど、他のロケットよりも一歩進んだ先進的な技術を採用している。そして最も大きな特徴は、その小ささにある。

 たとえば日本のH-IIAや、イーロン・マスク氏率いるスペースXが開発したファルコン9といった他のロケットは、地球を回る軌道に数トンの人工衛星を打ち上げられる能力をもつ。中には「小型ロケット」に分類されるロケットもあるが、それでも1トンから数百kg程度の打ち上げ能力がある。

 しかしエレクトロンは、同じ軌道にわずか150kgほど、つまり10分の1以下の打ち上げ能力しかない、小型ロケットよりもさらに小さな「超小型ロケット」なのである。もちろん大きさも小さく、高層ビルほどの高さがある大型ロケットに比べ、エレクトロンの全長は17mと、電柱くらいしかない。

 エレクトロンのような小さなロケットが開発された背景には、小さな人工衛星の普及がある。

 かつて人工衛星というと、小さいものでも数百kgから数トンもあるものが多かった。しかし近年、電子部品の小型化、高性能化などによって、わずか数kgから数十kgでも、立派な人工衛星を造ることができるようになった。また、衛星の規模が小さいということは開発に必要なコストも安価になることから、これまで宇宙開発にかかわりのなかった企業やベンチャー企業、さらには大学や高校まで開発できるようになった。

さらに、こうした小さな衛星を何十機、あるいは何百機と打ち上げて、編隊を組ませることで、大きな衛星ではできないような地球観測や通信のサービスも展開できる。たとえば昨年、ソフトバンクが10億ドルを出資したことで話題になった「ワンウェブ」は、まさに150kgほどの小型衛星を多数打ち上げて、全世界にインターネットを提供しようという構想である。

 しかし、こうした小型・超小型衛星の発展を妨げる。ある大きな問題があった。打ち上げの手段が限られているということである。

ロケットの世界は大は小を兼ねない

  現在、小型・超小型衛星を打ち上げる方法には大きく3つがある。

 ひとつは、大型の衛星を大型ロケットを打ち上げる際に生まれる隙間に相乗りするという方法、もうひとつは他の小型・超小型衛星と打ち合わせて、大型ロケットにまとめて載せて打ち上げるという方法、そしてもうひとつが、無人補給船で国際宇宙ステーションまで運び、そこから宇宙に放出するという方法である。

 この方法はどれも、打ち上げる時期や、衛星を投入する軌道を自由に選ぶことができない。もちろんそれでも問題ない場合もあるが、衛星の目的によっては軌道の高度や角度といった条件が厳密に決まっているため、衛星を産業利用しようとしたり、科学的な観測や実験をおこなったりといった、目的がはっきりしている場合はとくに都合が悪い。

 たとえば、前述したワンウェブの衛星はまず大きなロケットで一度に複数の衛星を打ち上げるものの、運用中に1機が故障し、その代わりとなる代替機を打ち上げなければならない場合、他の衛星の打ち上げを待ったり、軌道が自由に選べないとなれば、とても使い物にならない。地球を観測する場合でも、いつ、どこを観測できるかは、軌道の高度や角度が重要になるため、ただ宇宙に打ち上げればよいというものではない。

 そこで、小型・超小型衛星を1機や2機単位で打ち上げられる、小型衛星専用の小さなロケットが求められるようになったのである。

世界中で進む超小型ロケットで世界は変わるか

  このような小さなロケットを開発しているのはロケット・ラボだけではない。

 たとえばヴァージン・グループが立ち上げた米国のヴァージン・オービット、長年小型ロケットを開発していたメンバーが立ち上げた米国のヴェクター・スペース・システムズなど、世界中のさまざまな民間企業や団体によって開発が進められている。

 日本でも、堀江貴文氏や若手の技術者らが立ち上げた日本のインターステラテクノロジズがこうしたロケットの開発を進めており、近々宇宙空間に届くロケットの打ち上げに挑む予定で、さらに小型・超小型衛星を打ち上げられるロケットの開発も進めている。

 今後、エレクトロンの運用が軌道に乗れば、さらに他の企業も同様のロケットの開発に成功し、世界中でいくつもの安価で手頃な超小型ロケットができれば、小型・超小型衛星を使った宇宙利用は大きく前進するかもしれない。

 すでに米国を中心に、世界中で超小型衛星を複数打ち上げて地球観測や通信などをおこなおうとしている企業が出てきており、中には運用が始まっているものもある。日本でもキヤノンが衛星事業に乗り出し、6月にも最初の衛星が打ち上げられる予定となっているが、こうした動きがさらに加速し、世界中のあらゆる国でさまざまな宇宙企業が誕生し、宇宙利用が実現するようになるだろう。

また、直接的な産業利用だけでなく、たとえば新しい部品や技術を試すためのちょっとした試験衛星を打ち上げたり、学生による衛星開発がさらに活発になったりすれば、将来的に大きなリターンが見込める。さらに、今はまだ誰も思いついていないような、まったく新しい宇宙利用の形が生まれることも期待できる。あるいは人工衛星でレースをするような、遊びやスポーツへの展開も考えられるだろう。

 もちろん、エレクトロンのような超小型ロケットが登場したからといって、すぐにそのような薔薇色の未来が訪れると考えるのは楽観的すぎるかもしれない。しかし、小型・超衛星のブームは、打ち上げ手段が限られていることから頭打ちになっているのは事実であり、超小型ロケットによる手頃な打ち上げ手段の実現は、小型・超小型衛星の未来を拓くために必要不可欠であり、多くの可能性が秘められているのは間違いない。宇宙の海は、まさに“ブルー・オーシャン”なのである。<文/鳥嶋真也>